邸宅としての御所

現在の御所(2022年令和4年〉4月26日時点)

太字は現在、実際に住居として使用されている御所

  • 京都府京都市上京区(今も京都御苑内に所在)
    • 京都御所 - 北朝光厳天皇明治天皇までの歴代天皇が居住した。天皇の玉座である高御座が安置されている。
    • 京都大宮御所 - 皇太后の御所として造営されたが、現在は皇室構成員が帰した際に宿泊場として利用される。
    • 京都仙洞御所 - 太上天皇の御所として造営されたが、建物が焼失して現在は庭園と茶室のみ。2019年平成31年)4月30日以前は単に「仙洞御所」と称されていた。
  • 東京都
    • 皇居御所千代田区千代田) - 2021年(令和3年)9月6日より今上天皇一家(第126代天皇徳仁皇后雅子敬宮愛子内親王)の住居として使用されている。元々は第125代天皇明仁皇后美智子清子内親王(当時)の住居として1993年(平成5年)12月から使用されていた。1991年(平成3年)10月着工、1993年(平成5年)3月竣工。設計は内井昭蔵建築設計事務所、施工は吹上新御所新築工事共同企業体で、延床面積は5770平方メートル。地上2階・地下1階のRC構造で、外装は炻器質タイル張り骨材入目地材洗い出し、むくりのある切妻屋根は亜鉛化銅板瓦棒葺き(一部平葺き)   中庭を囲むように「御車寄」「御身位に伴う部分(私室部分)」「接遇部分」「事務部分」に大別され、接遇部分には「小広間」「広間」「御進講室」「食堂」「御静養室」「予備室」と複数の「休所」「皇族休所」「応接室」「客室」などが設けられている。2019年(平成31年)4月30日以前の明仁の在位時は天皇の住居として単に「御所」、同年(令和元年)5月1日〜2020年(令和2年)3月30日までは明仁が退位し上皇となったことに伴いその御所として「吹上仙洞御所」と称されていた。
    • 赤坂御用地仙洞御所港区元赤坂) - 2022年(令和4年)4月26日から上皇明仁・上皇后皇后美智子の住居として使用されている。2021年(令和3年)9月までは今上天皇一家(第126代天皇徳仁・皇后雅子・敬宮愛子内親王)の御所として使用されていた。2019年(平成31年)4月30日以前は徳仁が皇太子の身位であったことから、「東宮御所」と称されていた。。
    • 皇居・吹上大宮御所(千代田区千代田) - 昭和天皇の御所。1989年昭和64年)1月7日の昭和天皇の崩御後は、その配偶者であり皇太后となった良子(香淳皇后)の御所として「大宮御所」と改称され、皇太后が崩御される2000年(平成12年)6月16日まで使用されていた。現在は誰も居住しておらず、建物自体は無人のまま宮内庁が管理している。
    • 仙洞仮御所高輪皇族邸)(港区高輪)- 上皇明仁上皇后美智子)の仮御所で、赤坂御用地の仙洞御所の改修工事完了までの仮住まいとして2020年(令和2年)3月31日に皇居吹上仙洞御所より転居。2022年(令和4年)4月12日まで仮住まいとして使用された。かつては高松宮妃喜久子2004年(平成16年)に薨去されるまで)の邸宅であった。仙洞仮御所としての役目を終え、今後は皇室の共用施設として利用される方針である。

2019年(令和元年)5月1日、天皇の退位等に関する皇室典範特例法に基づき、第125代天皇明仁が第126代天皇徳仁へ譲位した。これに伴い、赤坂御用地内の東宮御所が天皇徳仁の住居たる「赤坂御所」に、皇居内の御所が上皇明仁の住居たる「吹上仙洞御所」に其々改称された。ただそれらは一時的な仮の名称であり、天皇徳仁が皇居内の吹上仙洞御所に転居しこれを天皇としての正式な「御所」に、入れ替わるように上皇明仁が赤坂御所に転居しこれを上皇としての正式な「仙洞御所」とすることとなった。何の御所も改修された後に転居となるが、仙洞御所(現・赤坂御所)の改修には時間を要する事から、その間上皇明仁は高輪皇族邸(港区)を仮御所とした。また、皇位継承に伴い皇太子が空位となった為東宮御所は存在していない。実質的に東宮御所と同格となる施設は、皇嗣となった秋篠宮文仁親王一家文仁親王妃紀子佳子内親王悠仁親王)の邸宅である秋篠宮邸(増築を行う方針)と赤坂東邸を一体として担っている。